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東京高等裁判所 昭和42年(ネ)1227号 判決 1972年8月23日

控訴人(原告)中村信夫承継人

中村次外一七名

代理人

村井禄楼

被控訴人(被告)

三井不動産株式会社外一名

代理人

大橋光雄

主文

一、控訴人(1)ないし(3)の控訴を棄却する。

二、原判決中第一審原告中村の訴を却下した部分(控訴人(4)ないし(18)により承継されたもの)を取り消す。

本件中右部分を原審に差し戻す。

三、当審における訴訟費用中、控訴人(1)ないし(3)と被控訴人との間に生じたものは右控訴人らの負担とする。

事実

第一、申立

控訴代理人は「原判決中給付の訴を却下した部分および棄却した部分を取り消す。被控訴人三井不動産株式会社は控訴人(1)ないし(3)に対し各金一三万八、八八三円、控訴人(4)ないし(18)に対し金四一万六六五〇円および右各金員に対する昭和三九年一二月一二日より完済まで年五分の割合による金員を支払え。被控訴人パシフィツク・ドレッヂング・カンパニイは控訴人(1)ないし(3)に対し各金一九四万四、四三三円、控訴人(4)ないし(18)に対し金五八三万三、三〇〇円および右各金員に対する昭和三九年一二月一二日より完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審を通じて被控訴人らの負担とする」との判決を求めた。

被控訴代理人は「控訴人(1)ないし(3)の控訴を棄却する。控訴人(4)ないし(18)の訴を却下する」との判決を求めた。

第二、主張

左に掲げるほか原判決事実摘示のとおりであるから引用する。

(控訴代理人)

一、(本案前の主張)

1 原審は第一審原告、もと控訴人中村信夫の船長としての本件海員の救助料にかんする法定代理権は同人の下船退職により消滅したと判示したが不当である。

2、しかしかりに、中村信夫に法定代理権がなかつたとしても同人は昭和四三年八月九日死亡したので、海員(原判決添付の別紙目録弁天丸乗組員一覧表記載の者)三二名のうち控訴人(4)ないし(18)の一五名によつて本件海員の救助料請求にかんする訴訟手続を承継し、中村信夫のなした訴訟行為を追認した。右のように右海員中控訴人らのみによつて訴訟手続を承継するのは、控訴人ら以外の者は控訴人訴訟代理人村井緑郎よりの右承継、そのための右代理人に対する訴訟委任方の申込みに対し応答をしなかつたため(但し右申込みの到達しなかつた者、右承継を拒んだ者もある)である。しかし、一団としての海員の救助料総額は法定されているから(商法八〇九条一項)、右一団を構成する個個の海員のうちに救助料請求の意思がない者あるいはこれを放棄する者があつても、そのため右救助料総額に変更はなく、残余の海員によつて右救助料総額を被救助者に請求しうるのであり、またそのために訴訟手続を承継できるのである。したがつて右中村の法定代理権欠缺の瑕疵は治癒され、中村の訴訟行為は有効なものとなつた。

二、(本案の主張)

1、(主張の変更)

原判決六丁うら上欄一行目「第二」以下同五行目「七億円」までの主張を「第二三洋丸の価格は金六、二七二万五、〇〇〇円、その積荷である浚渫船一基およびその附属品一式の価額は金六億二、八四七万五、〇〇〇円」とあらためる。

2、(認否の補正)

(一) 被控訴人らの原判決六丁おもて(五)の主張に対して、船舶の時価と保険価価額とは大差のないこと、第二三洋丸の価額が被控訴人ら主張のとおりであることは認めるがその余は否認する。特に、浚渫船とその附属品の時価および「被控訴人パシフィックドレッヂングカンパニイの傭船料の保険が含まれたため保険価額が時価を遙に上廻つたものであること」は争う。

(二)、原判決九丁おもて上欄二行目の「認める」の次に「すなわち、本件曳航契約は運送契約や請負契約ではなく、純然たる曳引労務の提供契約にすぎないのであり、岡田組は第二三洋丸のロスアンゼルス出港に際しても同船の引渡しを受けたこともなく、出港後も同船には被控訴人三井不動産の被用者である渡部瑞夫が乗船し、三井不動産がこれを占有していたものである」を加える。

(三)、原判決一四丁うら上欄三行目「否認する」の次に、「かりに被控訴人ら主張のような和解が成立したとしても、船主と被救助者との間でなされた和解契約によつて海員の救助料請求権はなんら消長を来たさない」を加える。

(四)、原判決一五丁おもて上欄(二)の六行目「否認する」の次に、「かりに支払われたとするも、それは単なる曳航手当であり、本件海難救助に対する手当ではない」を加える。

3、(新な主張)

(一)、第二三洋丸が耐航性を失つた原因の一つは、被控訴人三井不動産の同船における貨物積載の方法の誤りにある。すなわち、本件海難は船底にたまつたビルジを排除できないため起つたのであるが、ビルジを排除できなかつたのは本来船艙内に積むべき貨物を甲板上に積み船をヘビイトップの状態にしておいたからである。

(二)、中村信夫の死亡により同人の妻次、子恵、望らにおいて中村の船長としての救助料請求権を相続した。

4、(控訴人の後記主張に対する認否)

控訴人の後記二、の3、4、の主張を争う。

(被控訴代理人)

一、控訴人らの本案前の主張に対して

中村信夫が控訴人ら主張の日に死亡した事実は認めるがその余は争う。控訴人(4)ないし(18)による訴訟手続の承継は許されるべきではない。

二、(本案の主張)

1 控訴人らの主張の変更(控訴人ら主張二、1)は許されない。

2 控訴人らの新な主張(控訴人ら主張二、3)のうち中村信夫と中村次、恵、望らの身分関係は認めるがその余の事実はすべて争う。

3 控訴人(4)ないし(18)により訴訟手続が承継されるとしても、同人らが承継したときには同人らの救助料請求権は時効により消滅している。

4 前記(原判決一四丁おもて下欄三)和解契約は被控訴人三井不動産と岡田組との間でなされているが、海難救助料についての紛争については救助船の船主が被救助者と交渉し救助者である海員は右解決にしたがうという事実たる慣習がある。全日本海員組合は昭和三六年一二月一八日岡田組との間で弁天丸乗組員の労働条件にかんし協定書を作成しているが、これによると海難の場合の乗組員の手当が定められているのであるから、乗組員は被救助者に対する救助料の請求については一切を船主に委ねていることとなる。したがつて弁天丸の乗組員である右控訴人らに右和解の効力はおよぶ。

三、原判決三丁うら上段「相生港」及び原判決九丁おもて下段「玉港」とあるのをいずれも「玉野」と改める。

第三、証拠<略>

理由

第一、控訴人(1)ないし(3)の請求(亡中村信夫の船長としての救助料請求権)について。

一、亡中村信夫が昭和三七年一一月頃株式会社岡田組所有の汽船弁天丸の船長であり、同船の乗組員が原判決添附「弁天丸乗組員一覧表」の三二名であつたこと、弁天丸は同年同月二八日被控訴人パシフィック・ドレッヂングカンパニイ(以下被控訴人パ社という)所有の大型浚渫船一基およびその附属品を積荷した被控訴人三井不動産株式会社(以下被控訴人三井不動産という)所有の第二三洋丸を曳航して米国ロスアンゼルスを出港し、大平洋を渡つて日本玉野市に向つたこと、右曳航中第二三洋丸の船底に浸水したため、弁天丸は予定航路を変更しハワイのホノルル港に転進し、同年一二月一六日午後四時半同港に到着したことは当事者間に争がない。

二、控訴人らは第二三洋丸が商法八〇〇条にいう「船舶」であると主張するので判断する。

1、<証拠>によると、第二三洋丸は「コンティナー・バージ」(Container barge)と称され、「コンティナー」は容器を、「バージ」は艀を意味あることは明らかである。そして<証拠>によると第二三洋丸には機関部がなく自ら航行する能力のないことも明らかである。これらの事実によると一見第二三洋丸の「船舶」であることには疑念が抱かれる。

しかし、同条にいう「船舶」とは同法六八四条にいう「船舶」であり、それは櫓櫂をもつて運転する船(右六八四条二項)を除き、広く「商行為の目的をもつて航海の用に供する構造物」である。そして右「船舶」に当るか否かは構造物の使用目的、形状、性能等を総合して社会通念によつてきめるべきであるからその英語の呼称、自ら航行する性能のないことから直に第二三洋丸を「船舶」でないとは断定できない。

2、そこで進んで検討する。

(一)、<証拠>によると、第二三洋丸は米国より日本へ浚渫船を運搬する航行に用いるため、タンカー「カリピヤン・スカイ」号のスクラップ船体を改造したものであり、主な改造点は機関部、油タンクの壁等の撤去、浚渫船積付けのための設備をした点にあること、改造後は長さ約一一六メートル、幅約二一メートル、深さ約一二メートル、排水量二、六〇〇トンあり、形は「一層甲板単底、船首機付」の船型をしていること、その性能は自ら航行することはできないが重い積荷を乗せて水上に浮揚し曳航されて航行しうるものであることが認められる。

また、<証拠>によると、岡田組、被控訴人三井不動産、アメリカ株式会社U・Sサルベージ協会日本海事協会らにおいても第二三洋丸を船舶と取り扱つていることが窺われる。

以上認定したような第二三洋丸の使用目的、形状、性能、取り扱い等によるとこれを右「船舶」と認めるを相当とする。

(二)、<証拠>を総合すると、第二三洋丸は、被控訴人三井不動産がその営業のため被控訴人バ社より傭船した浚渫船を運搬するための航行に供するものであることが認められるから商行為の目的のため航行に供するものというべきである。

3、以上(一)(二)により第二三洋丸は商法八〇〇条にいう船舶と認められる。

三、控訴人らは第二三洋丸は海難に遭遇し中村はその救助をしたと主張するので判断する。

前掲一、の事実、原本の存在ならびに<証拠>を総合すると次の事実が認められる。

前記一、で述べたように弁天丸は第二三洋丸を曳航してロスアンゼルスを出港し日本へ向つた。第二三洋丸には被控訴人三井不動産が渡部瑞夫二等航海士ほか四名を乗組ませていた。出航の数日後である昭和三一年一二月四日頃第二三洋丸の船底に浸水していることを同船の乗組員が気付きこれを同船備付のガソリンポンプで排水した。同月一一日、第二三洋丸を曳航して弁天丸の船長中村信夫は第二三洋丸が左舷に約三度傾斜していることを発見し直に同船の渡部に船槍内を調査させたところ約二〇〇トンの浸水があることが判明した。そこで中村は第二三洋丸の乗組員に対し直にポンプで排水するよう指示するとともに、このままでは同船が重大な危険に直面すると判断し曳船弁天丸を急拠ハワイ、ホノルル港へ向け転進させた。その後調査の結果第二三洋丸船艙内には約六〇〇トンの浸水があることが判明し、第二三洋丸備付けのポンプ一台では排水し切れないので、中村は弁天丸備付けのポンプ一台を第二三洋丸に送り排水することとした。弁天丸はワイヤーロープで約三七〇メートルの距離で第二三洋丸を曳航していたが翌一二日午前八時頃より同日午後三時半頃までかかりポンプ一台を箱詰めにし、両船の距離を縮め綱渡しによつてこれを第二三洋丸に送り込んだ。この間に中村は右事故、転進を岡田組に報告し、岡田組は被控訴人三井不動産に報知し、三井不動産は同一三日折返し岡田組に万全の処置をとるよう依頼した。第二三洋丸では同一二日午後五時頃から一四日にかけて同船の乗組員らにより昼夜兼行で二台のポンプによる排水が行われた。その後ガソリンポンプの排気ガスが船舶内に充満したためポンプ一台で排水するとともに船艙内のガスを排除するため甲板に通風孔をあけた。同一四日夜は作業を中止し同一五日正午頃よりポンプ一台による排水を再開し右作業を続けながら翌一六日午後ホノルル港に着いた。右排水作業は第二三洋丸の乗組員によつて行われたが、弁天丸船長中村の指示監督のもとに行われたものである。ホノルルで第二三洋丸は検査、修理されたが、右浸水の原因は第二三洋丸の船底に約一インチ(二センチ五ミリ)の亀裂が生じたためであることが判明した。

以上の事実が認められるのであつて右認定に反する証拠はない。なお、控訴人らは、本件海難事故の発生は、被控訴人三井不動産の積載方法の誤りによると主張するが(当審新主張)、これを肯認するに足りる証拠はなく、また、右亀裂が何故生じたかその原因を適確に知りうべき証拠はない。

右事実によると、第二三洋丸は、航行中船底の亀裂による浸水のため放置したならば航行不能ないしは沈没を免れない状態にいたつたものと推認される。しかも右亀裂が曳船又は被曳船いずれかの責に帰すべき事由により生じたとの証拠はないので同船は海難に遭遇したものというべきであり、また中村は弁天丸船長としてその救助をしたものというべきである。

四、控訴人らは中村の右海難救助は商法八〇〇条にいう「義務ナクシテ」なされたものであると主張するので判断する。

<証拠>、理由一で前述した事実を総合すると、本件曳航契約では、被控訴人三井不動産が、被曳船第二三洋丸の航行準備をし、保険会社発行の附航証明書をつけて、同船をロスアンゼルスで岡田組に引渡し、曳航中も三井不動産において五名の乗組員を同船に乗組ませることとなつており、曳航中の海難事故による同船や積荷の損傷について、岡田組は損害賠償責任を負わず、三井不動産において損害保険を付する旨定められていたこと、本件海難事故にかんしては、三井不動産と岡田組間に救助料を支払うべきか否か等の紛争が生じたが、昭和三八年七月二五日、曳航科とは別に、三井不動産が岡田組に八〇〇万円の解決金を支払つて解決されていることが認められる。

しかし、右各事実によつても、せいぜい、三井不動産も第二三洋丸の航行行の安全については、相当の準備と配慮をすること、岡田組は海難による損害について免責されることになつていたといえるだけであつて、これらのことから、直ちに、岡田組あるいは弁天丸の船長らに、第二三洋丸の海難につき救助義務がなかつたとは断定できず、他にこれを認めるに足りる証拠はない(右損害の免責について詳述すると、右のような約定は、海難事故はいついかなる形で起るかもしれないし、それによる損害もきわめて巨額になることもあるので、右損害を曳航する側に負わせることは苛酷であり、曳航業は経済上成り立たなくなる(曳航料の高くなることを含めて)ことにその根拠があり、岡田組あるいは弁天丸船長、海員に被曳船第二三洋丸が海難に遭遇した場合これを救助する義務があるかないかとは別の問題であつて、本件についていえば、後記で判示するように、むしろ曳船弁天丸船長、海員らに、被曳船の安全な目的地到達のために海難予防および救助義務のあることを前提とし、船長らに右義務の不履行があつたことにより岡田組に対し被曳船の所有者たる三井不動産より莫大なる損害賠償を請求される恐れを防止する目的で右のような免責の約定をしたものと考えられるのである)。

更に進んで考察すると、却つて次に述べるように、右中村らに右救助義務がなかつたとはいえない。すなわち、前掲各証拠によると、本件曳航契約は、被曳船を安全に目的地まで曳航することを本旨としているところ、被曳船第二三洋丸には独力による航行能力がなく、第二三洋丸の乗組員らも、航航行中、曳船弁天丸の指揮命令下に入れることとなつており、結局曳航されている間、第二三洋丸は、弁天丸船長の支配下にあるのであり、海難に遭遇した際にも独自にこれに対処する能力も権限もないことが認められ、かかる場合、特段の事情のないかぎり、曳航契約は、曳航側に被曳船の救助義務があるという建前で締結されているものと考えられる。したがつて、本件契約でも、曳船海員ら(以下単に船長らという)には被曳船の救助義務があることが前提となつているものと解される。

更に、前掲各証拠によると、本件曳航契約では、曳航料のうちロスアンゼルスで曳航を始めた以後の分については、曳航不成功の場合にはその支払を受けられない(no curo no pay)旨定められているから、本件の場合、被曳船の救助は曳船側岡田組に対しても利益をもたらすものであつて、弁天丸船長らとしては同船の属する岡田組の右利益のためには第二三洋丸を無事曳航する必要があり、同船長らには少くとも、岡田組に対し、第二三洋丸を海難から保護すべき義務があつたものと認められる。

海難救助料を請求しうる「義務ナキトキ」とは、救助者に一切の私法上の救助義務のないことを意味することは通説であり、本件のごとく、救助者が被救助船に対しても、また自己の属する会社に対しても救助義務を負い、救助が、右会社にとつても利益をもたらすような場合はこれに入らないというべきである。

すると、弁天丸の船長らは、第二三洋丸の曳航中同船およびその積荷について弁天丸に対してと同様の安全保持義務すなわち海難にあわぬよう十分監視するとともにこれに遭遇したときには救助に必要な処置をとる義務があるというべきであると解するを相当する。

前記三、で述べたように弁天丸船長らが第二三洋丸を監視し、同船の傾斜、浸水を知り、その排水を命じ、弁天丸よりポンプを送りこませ、ホノルルへ転進し且つこれらについて岡田組へ至急連絡をしたことはいずれも右義務の範囲にあると解せられる。

以上のとおりであつて中村の本件救助は「義務ナクシテ」なされたものとはいえない。

五、したがつて右義務のないことを前提とする控訴人(1)ないし(3)の本件救助料請求は失当として棄却すべきである。よつて原判決は正当であるから同控訴人らの控訴を棄却する。

第二、控訴人(4)ないし(18)の請求について

一、(海員の救助料請求についての原告中村の訴訟追行権)

第一審原告もと控訴人中村が、本訴提起前すでに弁天丸船長を退職、下船していたことは同人の認めるところである。しかし、それにもかかわらず、同人は、本件救助時の弁天丸の船長であつたことに基づき、弁天丸の海員の救助料につき、同船海員のため、原告となつて本訴を提起したことは、本件記録上明らかである。

救助時の救助船の船長は、同船の海員の救助料につき、商法八一一条二項により、海員のために訴を提起し訴訟を追行しうる法律上の訴訟代理権を与えられていると解せられるが、右代理権を与えられている根拠は、救助時の船長であることにもよるが、同時に現に船長たる地位にあることによる訴訟追行上の利便にあると考えられるから船長たる地位を失つたときはその代理権は消滅すると解すべきである。

すると、前述のとおり本訴提起以前すでに中村の右代理権は消滅していたのであるから同人のなした右海員の救助料請求の訴の提起およびこれに続く訴訟行為は不適法であるといわざるをえない。

二、(右控訴人らによる訴訟の承継について)

本訴が当審に係属した後である昭和四三年八月九日もと控訴人中村は死亡したが、その際控訴人(4)ないし(18)は中村の追行していた本訴訟を承継し、その訴訟行為を追認したことは当裁判所に明らかである。

そこで、右承継が許されるか否かを考える。

中村が訴求していたのは、弁天丸の海員全員についての救助料(商法八〇五条参照、以下全体としての救助科と略称する)であることは明らかである。

ところで、弁天丸の海員の全体としての救助料については、分配案(同法八〇六条ないし八一一条参照)が作成されたことの主張立証はなく、個個の海員の救助料は未だ現実化していない。しかし、かかる場合でも、海員の被救助者に対する救助料請求権は、すでに発生しているのであり(同法八〇五条参照)個個の、海員は、分配案作成までは、平等の割合をもつて、全体としての救助料を共有しており、被救助者に対しては、右共有持分に相当する救助料請求権を有し、これについて訴訟を追行する原告適格を有するというべきである。したがつて、控訴人(4)ないし(18)らは、おのおの、右共有持分、すなわち、全体としての救助料の三二分の一(海員全員は三二名である)、控訴人ら全員では、三二分の一五についての請求については、右適格を有するのであり、控訴人らが、本訴を承継して、請求するのは右持分に基づく救助料であることは明らかである。もつとも、控訴人らは、右持分割合の範囲を超えて、おのおの、全体としての救助料の一五分の一、すなわち控訴人ら全員では全額、の請求におよんでいて(かかる請求におよんだのは、成立に争いない甲第四五号証や昭和四四年一二月八日付控訴の趣旨訂正申立書その他記録によると、他の海員らは、控訴代理人よりの訴訟承継およびそのための委任状送付の催告に応じなかつたので、控訴代理人において、救助料請求権を放棄したものとみなしたためであることが認められるが、かくみなすことはできない)、その点、右請求中には相当でない部分があるが、このため、控訴人らの右請求についての前記当事者適格が左右されるものではない。

ところで、右救助料請求にかんして、中村は船長の資格において、本訴を提起し、進行していたのであるから、訴訟中同人が死亡した場合は、後任船長において本訴を承継するのが本来である。しかしながら、弁天丸が、現在もなお運行に供されているか、船長がいるか否か、いずれも不明である。かかる場合、船長によつて代理されていた本人であり前述のように当事者適格を有する海員より承継が申し立てられたときには、訴訟手続受継の場合に準じて(厳密には、当事者が死亡したが、訴訟代理人のあるため中断しないとき、相続人によつて承継される場合に準じて)、裁判所は、これを許すべきである。よつて右承継は適法である。

三、すると、右控訴人らの承継と前記追認により、中村のなしていた訴訟行為は行為時に遡つて有効となると解せられる。よつて原判決中第一審原告中村の訴を却下した部分は失当である。

第三、結論

以上のとおりであるから控訴人(1)ないし(3)の控訴を棄却し、同控訴人(4)ないし(18)の請求にかんし、民訴法三八八条により原審に差戻し、訴訟費用につき同法八九条を適用し主文のとおり判決する。

(谷口茂栄 森綱郎 田尾桃二)

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